勝連の按司「阿麻和利加那」


阿麻和利に関係する人々とその墓


阿麻和利(あまわり)の墓(読谷村古堅)
 古堅小学校の北側にある杜の中。私有地の中にあるので、墓参には気を使うこと。墓標は「阿摩和利之墓」と書かれている。







百十踏揚(ももとふみあがり)の墓(南城市)
 国民運動場の東側にひっそりとある。尚泰久王二男・三津葉多武喜の墓(百十踏揚の兄)もある。





尚泰久王(しょうたいきゅうおう)の墓(南城市)
 富里交差点近く(西側)の国道331号線沿い。平成20年(2008年)に岩塊の崩落があり、この写真は補修後のもの。長男加那巴志(金橋)の墓もここにある。


 ↓復旧工事の様子




護佐丸(ごさまる)の墓(中城城の近く)
 中城城の東側にある。城内ではない。


道路から見た入口。この石段を登っていく。


このような碑が右側にある。




大城賢勇(うふぐすくけんゆう)の墓(知花グスク)
 別名「鬼大城」とも。沖縄市知花にある小高い丘、知花グスク。ここが賢勇の最期の地だと言われる。この碑まではたどり着いたが、その先に進むも見つからず・・・。碑はグスク中腹の南東側にある。前日に尚泰久王、百度踏揚、直前に阿麻和利の墓に行ったため賢勇には墓参を断られたのかも・・・。


後日、無事に辿り着きました。鬼大城賢勇の墓。




尚巴志・尚忠・尚志達 王の墓(読谷村伊良皆)










尚円王(しょうえんおう)の墓(玉陵たまうどぅん)
別名:金丸
 首里城の近くにある玉陵。玉陵は第2尚氏の歴代王と一族が眠る。